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ティール&オレンジ
- カラーグレーディング
- Teal and Orange
- 別名: オレンジ&ティール
- 別名: シネマティックルック
- 別名: 補色配色
- 別名: 肌の補色
暗部に青緑(ティール)、明部にオレンジを置く配色は、2000年代以降の商業映画の定番として語られる。「肌の色がオレンジで、その補色が青緑だから肌が浮き立つ」という説明がほぼ必ず添えられる。このうち検証できるのは、肌の色が測色的にどこにあるかという部分だけである。「だから美しく見える」の部分は、色の組み合わせの好ましさを扱った心理物理実験に照らすと単純ではなく、むしろ素朴な補色調和説とは逆向きの結果がある。起源についての通説(デジタル・インターミディエイト以降に広まった、最初はこの作品)は、裏付けとなる一次資料を見つけられなかった。
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この操作が画像に何をするか
ティール&オレンジは、暗部に青緑を、明部にオレンジを乗せるスプリットトーンの一種である。人物を撮ると肌はおおむね画面の明るい側に来るので、明部をオレンジへ寄せると肌の色が強調され、暗部を青緑へ寄せると背景が肌から色相方向に離れる。結果として被写体と背景が色で分離して見える。プロ用グレーディングソフトでは、ひとつのスライダーで「向かい合う色相」の組を選べる形で機能に組み込まれており、この配色を選ぶこと自体が既定の操作になっている。ただし「補色だから調和する・美しい」という説明は、色の組み合わせの好ましさを測った実験に照らすとそのままでは成り立たない。実験が支持しているのは「調和」ではなく「背景との色相差が大きいほど、主役の色そのものは好ましく評価される」という別の形の効果である。
効く場面
- 人物と背景が同系色に沈んで、被写体が背景から分離しないとき
- 複数カットの見えを、共通の色の方向で揃えたいとき
- 夜景や室内の混色を、意図した2方向へまとめ直したいとき
つまずきやすい点
- 「補色だから調和する」を根拠として説明してしまう(実験結果は、色相が大きく対照的なペアは好ましいとも調和的とも判定されない、という逆向きの報告になっている)
- 肌の色相角として引用される CIELAB の 46° を、そのまま現像ソフトのカラーホイールの角度として読み替える
- オレンジを強めた結果、肌の中の血色や陰の階調まで一様に染まってしまう
- 起源として語られる「デジタル・インターミディエイト以降に広まった」「最初はこの作品」という話を、確かめられた事実として扱う
どこまで裏が取れているか
この項目についてよく言われることを、出典に当たって確かめた結果です。出典が見つからなかったものは、見つからなかったと書いています。
- 原典で確認できる ハイライトにオレンジ、シャドウにティールを入れるスプリットトーンは、プロ用グレーディングソフトの公式機能として「よりモダンなシネマティックルック」の名で実装されている。 マニュアルは「これらのコントロールは、向かい合う色相角を使ってシャドウとハイライトに色を加える。たとえばハイライトにオレンジ、シャドウにティールを入れると、よりモダンなシネマティックルックが得られる」と記している。これが裏づけるのは「この配色が業界の道具に定型として組み込まれている」という事実であって、「この配色が客観的に美しい/効果がある」ことではない。Blackmagic はこの記述の根拠を示していない。またこの機能(Film Look Creator)は DaVinci Resolve Studio(有償版)専用である。 出典: Blackmagic Design「DaVinci Resolve 21 Reference Manual」p.3632(Resolve FX Film Look Creator / Split Tone)
- 実証はあるが条件が限定的 肌の色は CIELAB 色空間の上で、おおむね色相角 46〜49° 付近に集まる。 論文は実測した肌色クラスタを CIELAB 空間の楕円体で近似し、中心を (L*, a*, b*) = (59, 19, 20)、主軸パラメータ [a, a/b, a/c] を [38, 1.4, 2.5] としている。a*=19, b*=20 に対応する色相角 46.5° は CIELAB の定義に従って計算した値で、論文がこの角度を明示しているわけではない。別の心理物理実験(Peng ほか, CIC28, 2020, https://library.imaging.org/admin/apis/public/api/ist/website/downloadArticle/cic/28/1/art00017 )は「好ましい」肌色中心の色相角を 46°(D65順応)と報告し、同論文が Zeng & Luo の結果を D50 順応で約 49° と要約している。限定条件が多い: (1) 46.5° はクラスタの中心であって、主軸パラメータが示すとおり肌色は広い範囲に散らばる。(2) Peng ほかの 46° は観察者が好む肌色であって実際の肌の色ではない。(3) その実験条件はスマートフォン画面・暗室・顔画像10枚・各民族30名。(4) CIELAB の色相角は Lightroom や Photoshop のカラーホイールの角度とは別物であり、そのまま読み替えてはいけない。 出典: Zeng & Luo「Modelling Skin Colours for Preferred Colour Reproduction」CIC17 (2009) p.177
- 出典によって食い違う 「補色どうしの組み合わせは調和する」という色彩調和論は、実験結果が食い違っている。色相が大きく対照的なペアは、好ましいとも調和的とも判定されなかったという報告がある。 論文の要旨自身が「色の組み合わせの好ましさと調和についての先行研究は混乱した結果を生んでいる。たとえば、色相の類似度が上がるほど調和が増すと主張する研究がある一方、減ると主張する研究もある」と食い違いの存在を明言し、この研究自身の結果として「色相が大きく対照的なペアは、一般に好ましいとも調和的とも判定されない」と述べている。本文は購読者限定で、確認できたのは要旨のみ。実験条件(色票の数・彩度・提示方法・被験者数)は確認できていない。また単色の色票ペアについての実験であり、写真や映画のフレーム全体の配色を扱ったものではなく、ティール&オレンジそのものを検証した研究でもない。 出典: Schloss & Palmer「Aesthetic response to color combinations: preference, harmony, and similarity」Attention, Perception, & Psychophysics (2011)
- 実証はあるが条件が限定的 被写体の色と背景の色相差が大きいほど、その被写体の色は好ましく評価される。対比の効果は「ペア全体の好ましさ」ではなく「図の色の好ましさ」に現れる。 要旨に「色相が大きく対照的なペアは一般に好ましいとも調和的とも判定されないが、背景との色相対比が大きくなるほど図(前景)の色の好ましさ評価は上がる」と、ペア全体の評価とは逆向きになる区別が同じ文中で述べられている。単一研究であり、かつ要旨のみで本文は未確認。色票を用いた実験であって、人物写真の肌と背景に一般化できるかは検証されていない。ティール&オレンジが有効であることを示した研究ではなく、構造が似ているというだけである。この結果を根拠にティール&オレンジを正当化するのは、出典の範囲を超える。 出典: Schloss & Palmer「Aesthetic response to color combinations: preference, harmony, and similarity」Attention, Perception, & Psychophysics (2011)
- 裏付ける出典が見つからない 「ティール&オレンジはデジタル・インターミディエイト以降に広まった」「最初に使われたのは特定のこの作品である」という起源の主張は、裏付ける一次資料を見つけられなかった。 探した範囲: DuckDuckGo で「teal and orange color grading origin digital intermediate complementary skin tone history」「"orange and teal" OR "teal and orange" color grading American Cinematographer journal history digital intermediate」「teal orange look origin first film digital intermediate 2000s colorist history」「"digital intermediate" history O Brother Where Art Thou colour grading first feature」の4クエリを検索した。ヒットしたのはすべてブログ・制作会社のマーケティング記事・出典のない用語集で、いずれも根拠を示していない。American Cinematographer 誌や ASC の一次記事、カラリスト本人による記録は見つけられなかった。Blackmagic の公式マニュアルはこの配色を「モダンなシネマティックルック」と呼ぶが、いつから・なぜ広まったかには一切触れていない。配色そのものが業界の道具に組み込まれていることは確認できるが、その来歴として語られている物語は、いまのところ出典のない言い伝えである。
他の項目の主張とあわせて確かめたい場合は根拠の強さで見るもご覧ください。
関連する現像の項目
- カラーグレーディングとは何か — 暗部・中間調・明部にそれぞれ別の色を乗せて画の性格を決める操作を、映像の世界ではカラーグレーディングと呼ぶ。道具立ては大きく2系統ある。ひとつは映画用カラリストが使う Lift / Gamma / Gain で、3つのトーン域を大きく重ね合わせたまま動かす。もうひとつは撮影現場と仕上げのあいだで「色の決定」を受け渡すための ASC CDL で、slope / offset / power という3つの数値だけを持つ。Lightroom / Camera Raw の「カラーグレーディング」パネルは 2020 年に旧「スプリットトーン」を置き換えたもので、シャドウ・中間調・ハイライトの3つのカラーホイールを持つ。なお「カラーコレクション(補正)とカラーグレーディング(演出)は別物」という区別は、メーカー公式文書では徹底されていない。
- スプリットトーン(調色) — 暗部と明部に別々の色を与える操作は、デジタル以前の暗室では化学反応そのものだった。銀の粒子を別の化合物に置き換えることで像の色が変わる。セピアは硫化銀、青は鉄由来のプルシアンブルーである。デジタルのスプリットトーンは、この見た目を「画素の明るさに応じて色を乗せる」というまったく別の原理で近似したものである。Lightroom では 2020 年に「スプリットトーン」が「カラーグレーディング」へ吸収されたが、旧設定は Blending を 100 にすれば同一の結果として再現できる。
- 色相別の調整(HSL / カラーミキサー) — 色相帯ごとに色相・彩度・輝度を動かすパネルは、どの現像ソフトにもある。ただし「何色に分けるか」はソフトごとに違い、共通の規格はない。Capture One の基本カラーエディターは8色、DaVinci Resolve の ColorSlice は7つのベクトルで分ける。また、この種の調整が階調の段差(バンディング)を起こしうることは、メーカー自身が処理バージョンの説明として認めている。「肌はオレンジだからオレンジのスライダーを触ればよい」という説明は広く行われているが、そう定義した公式資料は見つけられなかった。
- 彩度と自然な彩度(バイブランス) — 「彩度」という語には少なくとも3つの別々の意味がある。CIE が定義する知覚属性としての saturation、HSL/HSV の S、そして現像ソフトのスライダーである。「自然な彩度(バイブランス)」に至っては統一された定義がなく、同じ darktable の中でさえ、名前が同じで逆方向に働くモジュールが並存していた。Adobe が「低彩度の色を主に上げ、肌色の過飽和を防ぐ」と説明しているのは事実だが、そのアルゴリズムは公開されていない。一方オープンソースの実装はソースコードを読めば何をしているかが行単位で確定する。このページでいちばん確かなのは「実装ごとに動作が違う」という事実のほうで、「自然な彩度とは何か」という定義そのものには、参照できる共通の原典が存在しない。
- ホワイトバランスと色温度 — 「色温度」はもともと黒体(プランク放射体)の温度を指す測色量で、CIE の定義では光源の色度が黒体と一致する場合にしか成立しない。蛍光灯・LED・昼光はいずれも黒体軌跡に乗らないため、実際に使われているのは近似量である相関色温度(CCT)のほうである。ここまでは CIE の規格定義で確認できる。一方、現像ソフトのスライダーが実際に何をしているかは、ソフトごとに公開の度合いが違う。RawTherapee と darktable は公式文書とソースコードで挙動を確定でき、値を上げると画像が暖色に転ぶこと、WB の実体が RGB チャンネルごとの乗算係数であることが読み取れる。ただしそれが「どの現像ソフトでもそうである」という一般則までは裏づけられていないため、このページの実装まわりの記述はいずれも「この2つのソフトでは」という限定つきである。